今日保育園に送り届けた帰りの車の中でふと、未来の私は今の自分の子育てを後悔するだろうなと思った。
3歳くらいの一番可愛い時期、余裕がなくて怒ってばかりでいろんなことに怯えてその反動で子どもに当たるような子育てを、おそらく私は後悔するだろう。
乳幼児の育児から解放された自由と寂しさを抱えて、目の前の成長した子どものなんらかの欠陥の理由を自分の子育てに見出して、無責任に、思うだろう。

「あんなに可愛かったのに」
「あんなにお母さんお母さんとまとわりついてくれていたのに」
「どうして私は」
「もっと可愛がってやれなかったの」

すぐ感情に流される私は、絶対に思うはずだ。
それで自分の後悔を少しでも軽くしたいがために、言うかもしれない。

今まさに乳幼児の子育てに奮闘している人たちに、親切心から、または心からの後悔から。

「今が一番可愛い時期だから」
とかなんとか。

でも忘れたくはない。
今の私は、これがいっぱいいっぱいで、余裕がなくて、自分に自信もなくて、油断をすると叫びだしたくなる衝動を抑えながら、(たまに本当に叫びながら)迷いながら、必死で子どもたちとの「生活」を紡いでいたこと。

未来の自分はいつでも過去の自分に無責任だから、(その逆も言える)記憶はいつも都合よく捏造されるから、私はすぐに感傷に流されて本当を見失うから、せめて書いておきたい。

子ども3歳と1歳、33歳の私はとりあえず必死で毎日を送っています。
間違いばかりなのは自覚しているけど、今の私のキャパではこんなもんです。
でも諦めずにちょっとでもマシになるよういろいろやってみるから、どうかそんなに過去の自分を責めないで。
今の自分と子どもたちを精一杯愛してあげてください。
私もがんばります。

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スーパーのレジに並んで、前に並んだ人のかごに、小さな子どもがいるんだろうな、と思しき商品が入っているとホッとする。
今日もどこかで誰かが、自分と似たような戦いの前線にいるのだ、一人ではない、と勇気をもらった気がする。
子連れじゃなくて、一人で買いに来ているお母さんのほうが好ましい。
子どもがいない分、具体的な情報が少なくて感情移入しやすいのかもしれない。
(例えばこの子はうちの子と同じくらいかな、それにしてはおとなしいな。うらやましい。あ、チョコ食べさす派の人か、とか)

保育園に子どもを迎えに行った帰り、一人歩いて帰る先生を見てぐっとなる。
若くてスレンダーな先生、たぶん独身だろう、独身かな。一人暮らしかな。
考えたとたん猛烈にうらやましくなる。
別に結婚とか子どもを産んだことを後悔しているわけではないけども――。
誰も聞いてない心の中でも私は誰かに言い訳をする。

あんまり誰かに言ったことがないけども、独身の人が私はとてもうらやましい。

子ども2人と風呂に入っていて、なぜだかいつも玄関のドアが開いた音を聞くような気がするのが嫌だ。
一瞬期待してまう。援軍かな?

そんな筈ない、私は一人だ。基本的には一人で子ども2人を育てるのだ。孤軍奮闘というやつだ。
悲観とかではなく、フラットな気持ちでそう思う。
落ち着いた諦めは一番私を守ってくれる、たいせつな盾だ。

もうそろそろ普通の家庭、普通の子育てというのをあきらめたほうがいいのかもしれないな、と風呂上り、子どもとアンパンマンを見ながら思う。
普通の家庭普通の子育て普通の夫婦関係というものがどこにあるのかもわからないけど。
自分の中に漠然とあった「普通」を殺す時なのかもしれないな。

そんなことを、ばいきんまんのUFOについてるでっかい手でとらえられたアンパンマンを見ながら考えた、普通の平日の夜。

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何から伝えればいいのかわからないまま時は流れて


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(時の流れを表現)



どうも私です。

いや〜〜色々ありますわ。前にちょろっと書いてひよって消しちゃったんですけどね、

旦那がうつになって働けなくなっちゃいましてね(言うんかい)


家にも帰ってきたり来なかったりのてんやわんやで、なんやUWAKI?疑惑もあったりして私もRIKONとか考えちゃって(ローマ字で重さを緩和)
まぁ結局UWAKIしてる元気なさそう、全然なさそう、ってことで今私の中ではたぶん白!もうちょいがんばって支えてやるか、という結論を出したんですけどね、

なんか微妙な空気を察したのか長女は不安定だし、実母はいつ旦那が帰ってくるかわからんところに行くわけにもいくまい、ということで全然手伝いに来れなくなっちゃうし、あ、上の子の斜視も発覚して大学病院通いの治療が始まって


ワンオペ、時々うつ旦那&娘の治療って感じで。(ドーン)


ここにも色々書きたいんですけど、やんわり個人情報出しちゃってるし、万が一金田一身内に見られたら迷宮入り確実でしょ??!!(知らん)

そんな感じで、てんやわんやの毎日を送ってました。っていうか送ってる。送りing、現在進行形です。

でもねー、(鼻ほじ)

私は割と元気です。図々しくも。よく食べてよく寝てる。よくキレてるし笑ってる。
だってなっちゃったもんは仕方ないもんね。

旦那のこともね、まぁ帰って来ないわ稼いでこないわ普通なら無責任の極み、無責任ヒーローの座をほしいままにできると思うんですけど、
そういう弱みとかダメなとこ、誰だってあるし、ていうか今まで見せなさすぎだったし。


あ、こいつ人間だったんだなって感じです。

今までまだPepperくんの方が人間らしいと思ってた。(ひどい)

別にいいじゃない、ダメでも。生きていこうぜ!!!!って感じです。


まぁこんな風に開き直れたのはつい最近のことで、私も開いたと思えばまたすぐ閉じる不安定メンタルの持ち主だし、明日どう思ってるかわからんけど。

今日の時点ではこう思ってます。

まぁええじゃない、別に。

気持ちって毎日毎日変わるから、これからそういうのを記録してったら面白いんじゃないかなと思って、書けるだけ書いていこうと思います。


身バレしない程度にな!!!!(最重要課題)

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それにしても思い通りにいかなさすぎじゃないか、たった3年、1000日ちょいでこんなにうんざりするとは思わなかった。

子どもは昼寝から目覚めて3時からずっとテレビに釘付け、YouTubeを見ている。
何が面白いのか、さっぱりわからないおもちゃの紹介やままごとの動画を毎日毎日、何度となく見ている。
スマホに育児をさせないとかテレビの見せすぎはよくないとか、幾度となく見た注意が頭に沈みっぱなしだけど、テレビを消そうとするとヒステリックに泣く娘を説き伏せてテレビを消して、そこから何をしたいかというと別に何もしたくないのだ。
3歳半と1歳半の二人育児。
外は暑くてカーテンを開けるだけでげんなりする。
かといって週3回、一時保育のない日の密室育児はぼちぼち本当に、限界を迎えていると感じる。

朝は必ず児童館に連れて行く。
昼寝も2時間ほどさせて、それでも夜眠るまで5時間ほどの時間が余る。
子どもはすぐに強請る。アンパンマンのゆーちゅーぶみせて、舌ったらずなその強請り声を、近頃は外で喧しく鳴く蝉の声以上に鬱陶しく思う。

勝手な話だ。
親がもっと相手をしてやればいいのだ。
子どもが勝手にテレビをつけるわけではない。
インターネットを繋ぐわけではない。
見せなければいいのだ。
時間を決めて、約束して、あとは毅然として、テレビを消して別の遊びを提案すればいい。

わかってる。
でもそのどれもやりたくない、本当にやりたくなくて、苦しい。

それでも見たいだけ見ればいいと開き直ることがなかなかできなくて、
動画を見せ始める前、1日に何度も同じ絵本を読んで欲しいと持ってきた娘の姿が恋しくなる。
あのときはあのときで、そのおねだりを鬱陶しく思ったはずなのに。

「目が悪くなるよ」
「頭が悪くなるよ」

だいじょうぶ、おかあさんもいっしょにみよ。

「何が面白いのかお母さんにはさっぱりわからんよ」
「毎日毎日YouTubeばっかでほんと嫌だよ」
「YouTubeばっか見てる〇〇ちゃんは嫌いだよ」

言いながら自分でもうんざりする。

なんて酷くて一方的で響かなくて魅力のない言葉たちだ。子どもがきかなくて当然だ。
こんな言葉聞かなくていい。

〇〇ちゃんはおかあさんだいすきやもん。

こんな親を慕わなくてもいい。

時々思う。
私は育児に向いてない。
離婚して親権放棄して子どもたちから手を引いた方がいいのではないか、と。
でも当たり前に存在する子どもたちのいない、そんな生活が上手く想像できなくて、考えは言葉になったすぐに頭の中に沈む。

昨日も聞いたユーチューバーのわざとらしい声がリビングに響く。その音から逃げるようにキッチンに向かい、片手に握られた、もはや体の一部みたいになったスマホで「幼児 テレビ」と検索してみる。
案の定危機感を煽る文言が並ぶ中で、今度は検索窓に「影響しない」という言葉を足してみる。
自分の小ささにうんざりしながら。

でんわばっかりみてるおかあさんはきらいだよ

子どもにそう言われた気がしてどきりとして振り向いたけど、子どもの目はまっすぐにテレビに向けられていた。



日常を拙いお話し風に。
ほぼ、というか完全にノンフィクションです。
秋になったらもうちょい外に連れ出そう…。
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ゼロがいいゼロになろうもう真っ白!チャンチャンチャン!!

90年代風を吹かせながらkotoです。

今日はお金の話を!しますよ!!なんぼのもんじゃーいなんぼのもんじゃーい(もんじゃいビートより)

我が家、多分今年に入ったあたりから収入がゼーローです。
しばらくは旦那が家賃光熱費を払ってくれてましたが、最近では督促状が来まくる始末。

それでも発狂せずに済んだのは、ぶっちゃけ私にそこそこ貯金があったからだと思います。

親がかけてくれてた個人年金の満期のお金、退職金、親の会社で勤めてた頃のボーナスなどなど。
散々毒親だなんだとdisりながら、バッチリ親のおかげで生き延びた自分。
お金のありがたみが本当にわかったのはつい最近のことです。
もちろん、無収入なのでガンガン貯金は減ってます。でも今日明日どうなる額じゃない。
多分節約しながら暮らせば、あと一年二年はなんとかなるかならないか?デットオアアライブ?な感じで、それでもガンガン減っていく貯金に焦り、旦那に対する恨みつらみが募り、貯金の代わりに将来への不安がガンガン増えていった。

でももうそういう先を案じる、みたいなことはやめようと思う。
子どもと一対二で過ごすのが辛くて、ストレスがたまって、子どもにあたりながら私がこんな子育てしかできないのは旦那のせいだと思っていた。

でももうやめる。そういう誰も幸せにしない思考は、たとえ事実だとしても私の人生にはいらんのです。

ずっと、お金がなくなって将来子どもがやりたいことができた時にお金のせいで諦めさせるようなことになったらどうしよう、と不安だった。

でもその将来を案じるせいで、子どもの今を傷つけてしまったり居心地の悪いものにしてしまうならそれこそが有害だ。

子どもといるのが辛いなら、離れるために、もしくは子どもと外に出るために、自分を癒すために、私はガンガンお金を使おうと思います。
貯金がゼロになったら、いやできればなる前に、にしたいけど、頑張って働いて増やそう。
それで貧乏になっても、やってもうたなと笑えるくらいの心の余裕を今お金で買って育てようと思います。

不安の先取りなんてもったいないことはやめて、まず今どうやったら自分と子どもが楽しめるかということを考えたいと思います。

旦那については正直、子どものことほど真剣に考えてあげられないというか、今は愛情みたいなもんもかなり薄れていて、勝手に潰れるなら潰れろ、というかなり薄情な気持ちになっている。
でもそれも心に余裕ができたら変わってくるかもしれないし、もしかしたら変わらないかもしれないし、変わらなかったら別れという選択肢もありなのかなぁと思います。

とにもかくにも、今持ってるものはゼロになる覚悟で、真剣に、私は子どもと私の人生を愉快なものにする努力をしたいと思う。

まぁこんなん言いながら数日後にはやっぱ怖い!ってなって節約法とか必死でググってるかもしれませんけどもね。

明日のことはわからない。
わからないことは考えない。

それくらいの改革が必要なんだと思います。私には、という決意表明でした。


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